光物性研究室

研究概要

強相関物質における光励起状態・光誘起相転移
  光誘起相転移とは、光励起により物質の性質が劇的に(例えば、絶縁体が金属に)変化する現象です。光誘起相転移を研究することにより、基底状態の物質相が破壊され励起状態の物質相が形成される量子ダイナミックスが観測可能になります。このような研究から、物質の種々の相の形成に欠かすことができない電子や格子の共同現象の本質を露わにすることができます。
  このような光誘起相転移が多くの強相関物質において観測されています。強相関物質とは、電子間クーロン相互作用が強く、多体効果が顕著な物質です。電子が他の電子の影響を受けず、独立で運動している場合には、電子状態は比較的簡単にバンド描像により記述することができます。しかし、電子どうしの相互作用の効果(多体効果もしくは電子相関効果などと呼ばれる)がはいってくると、とたんに電子状態の記述は難しくなります。この多体問題は古くからある、物理の基礎問題のひとつです。
  多体効果のひとつの例として、モット絶縁体をあげることができます。1原子あたりひとつの電子がある場合、バンド描像ではバンドの半分が電子に占有され電子系は金属になります。しかし、クーロン相互作用が強い場合には、同じ原子に二つの電子が存在する場合にエネルギーが極めて高くなってしまうため、これを避けようとして、電子は図1に示したように、各原子(サイト)に局在します。この状態で、電子が移動するためには、2重占ができてしまい、高いエネルギーが必要となり、電子系は絶縁体となります。この状態をモット絶縁体と呼びます。モット絶縁体は、クーロン強度を変化させる、電子密度を変える、ことなどにより不安定化し金属に転移します。このモット転移点付近では、高温超伝送などの多体効果に由来する興味深い諸現象が観測されています。

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図1 モット絶縁体

  強相関物質における光誘起相転移の研究は、このような興味深い強相関物質の性質や、その起源となる多体効果の研究に、新しい視点をもたらすものと期待されています。また、強相関物質で観測されている光誘起相転移の多くは、極めて高速かつ劇的であり、また様々な興味深い現象が見いだされており、とても魅力のあるものです。

電荷秩序絶縁体における光誘起金属転移

  超伝導、温度変化や圧力印加による金属絶縁体転移、 電荷秩序など多くの物理現象が(BEDT-TTF)2Xなどの分子性結晶において観測され、注目を集めています。 これらの分子性結晶は、低次元強相関電子系と見なすことができ、 これらの興味深い性質の多くは電子相関効果に由来するものです。
  α型、θ型の(BEDT-TTF)2Xにおいて、電荷秩序絶縁体状態が発見されいます。電荷秩序絶縁体状態は、モット絶縁体と同じく、電子相関効果に由来する絶縁体です。(BEDT-TTF)2Xでは、ふたつの分子あたり1個のホールが存在します。ホール間のクーロン相互作用の結果、ホールは可能な限り他のホールとの距離を大きくしようとして、図2に示したように規則的に並びます。この状態において、ホールが移動しようとすると、ホール間のクーロン相互作用エネルギーが著しく上昇するため、この状態も絶縁体であることがわかります。

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図2 電荷秩序絶縁体の光誘起相転移

  この電荷秩序絶縁体において、光誘起金属転移が観測されています。1光子あたり250個程度の分子が金属化されるなど、極めて興味深い現象が観測されています。
  この光誘起相転移現象の初期段階を研究すること、どのようなトリガーが働いて電荷秩序を融解させ、 光誘起相転移が引き起こされるのか、 また、その成長をもたらす協力効果とはどのようなものか、を明らかにすることは、重要であると考えています。
  そこで我々は、光誘起相転移の核となる光励起状態の物理的性質を調べました。研究手法としては、光吸収スペクトルのピークを十分に長い持続時間のパルスで共鳴励起した場合の時間依存シュレディンガー方程式を数値的に解くことにより、励起状態を数値的に求めし、その物理的性質を調べました。また、パンプ・プローブスペクトルの計算などにより、光励起状態のダイナミックスも計算しました。これらの研究結果により、 低エネルギーの光励起状態は、電荷秩序を保持しており、この電荷がゆらぐ集団励起によるっものであることが分かりました。 高エネルギーの光励起状態は電荷秩序を持たない金属状態であることが分かりました。 これらの結果は、 光誘起金属状態は、光誘起相転移の初期段回において、 電荷秩序絶縁体から金属ドメインが直接的に励起される可能性を示しています。
  この光誘起相転移には、初期の超高速ダイナミックスの解明、ドメイン形成において並進対称性がどのように失われるか?、強励起の効果は?などまだ不明なことがたくさん残っています。このような問題に取り組んでいるところです。

ダイマーモット絶縁体における光誘起相転移

  κ型の(BEDT-TTF)2Xにおいては、ふたつの分子が強く結合しダイマーが形成されます。そのためダイマーをひとつのサイトと考えることが可能になり、この場合ダイマーひとつあたりホールがひとつ存在することになります。その結果、ホール間クーロン相互作用が十分強い場合には、モット絶縁体が実現されます。この状態は、ダイマーモット絶縁体と呼ばれます。
  κ-(BEDT-TTF)2Xのダイマーモット絶縁体においても、光誘起金属転移が観測されています。そこで、我々は電荷秩序絶縁体と同じ手法で、光励起状態の物理的性質を明らかにしました。ダイマーモット絶縁体においては、あるダイマーから別のダイマーへホールが遷移するダイマー間電荷移動励起と、ひとつのダイマー内で結合軌道から反結合軌道に励起されるダイマー内励起があることが提唱されていました。これを理論的に示すことに成功しました。
  さらに、光励起後の電子-格子ダイナミックスを数値的に計算し、光励起後のダイナミックスは、波束がエネルギー面を滑り降りるといった従来の考えでは説明できないことを明らかにしました。
  この光誘起相転移も、まだその起源が解明されたとは言えません。また、この系は、詳しくは電子誘電体のところで述べますが、電子強誘電体が実現されている可能性があり、さらにはモットギャップ内に電気双極子の集団運動のモードがある可能性が指摘されるなど、未解明の興味深い問題がたくさん残されています。

モット絶縁体における光励起状態の高速緩和、ホロン-ダブロン対のオージェ緩和

  低次元強相関物質における電荷キャリアは特異な性質を持ちます。 モット絶縁体を光励起すると、図3に示したように、電子が隣のサイトに移動し、2重占有サイト(ダブロン)と空サイト(ホロン)の組が作られます。一旦、ダブロンとホロンが作られると、図3に示したように、電子が玉突き状に移動することにより、これらの荷電キャリヤはエネルギーゼロで移動することができます。ダブロンとホロンは荷電を運ぶがスピンは運ばず、通常の電子やホールとは全く異なった、モット絶縁体に特有の荷電キャリヤであることがわかります。

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図3 ホロンとダブロン

  1次元モット絶縁体において、光励起によって生成された荷電キャリヤが、超高速で緩和することが、実験的に明らかにされました。しかし、この起源は明らかになっていません。我々は、二つのホロン-ダブロン対が一つのホロン-ダブロン対に崩壊するオージェ緩和がその起源ではないかと、数値計算に基づいた研究から、提案しています。従来のオージェ緩和は、弱いクーロン相互作用項の一部を遷移を引き起こす摂動とする、という描像に基づいていますが、ホロン-ダブロン対のオージェ緩和はこのような枠組みでは記述することはできません。新しいオージェ緩和の枠組みを作ることに取り組んでいます。また、強相関の場合からクーロン強度を弱めていくと、中間領域でオージェ緩和が極めて速くなることなどもわかってきています。
  光弱励起をした場合には、ダブロンとホロンが生成されるのですが、光強励起をすると金属的な状態が生成されれ、この状態においてはスピンと電荷が結合していること(光誘起モット転移)も明らかにしています。このよううな、特異な金属状態についても研究を行っています。